ナイフとの出逢い

みなさまから投函いただいた、
ナイフとの思い出を綴ってみました。。。

ナイフとの出逢い NO,7 1 2 3 4 5 6


その昔、某高級ウイスキーのCMで、ボトルの帯封をナイフで切って開けるシーンがあって、そのワイルドな
雰囲気に、当時まだ小学生だった自分は、子供心にずいぶん憧れたものでした。

時は流れ、中学3年の終わり、高校も決まって少しホッとした頃、生まれて初めてバイトして得たお金で、
初めてのシースナイフを買いました。それは、当時ガンマニアだった自分が、良く通っていたモデルガンショップの
ウインドーに並んでいた、今思えば、かなり安いナイフでした。でも、スタッグのハンドル、革のシースには鹿を
デザインした刻印。いかにもワイルド心をそそるナイフでした。

それまでの自分にとって、ナイフといえばボンナイフで、肥後守の世代ではありませんでした。だからこのナイフで
研ぎも覚えました。初めて砥石を買ったのも、この頃でした。でも、憧れだけで買ったまでは良かったのですが、
いったい、このナイフで何をしたらいいのか。当時から、筆記具はシャープペンシルが主流で、鉛筆を削る機会は
ほとんどなく、またリンゴを剥くには刃が厚過ぎて、果物ナイフの方が、はるかに使いやすいのでした。

結局このナイフは狩猟ナイフで、中学から高校に上がったばかりの自分には手に余る、ワイルド過ぎる代物でした。
本当に使えるナイフが欲しい。そう思い始めた頃、愛読していたガン関係の専門誌の広告ページに、目が引き付
けられました。ガーバー・シルバーナイト。手頃なサイズのフォールディングナイフ、日本刀の血筋を引く鋼材、世界
の一流品と肩を並べる品質。読んでいるうちに、欲しくてたまらなくなりました。

『ワイルドな奴』を買ったショップにも、シルバーナイトは並んでいて、値段は『ワイルド』の4倍くらいしました。でも、
迷いはありませんでした。バイトの給料が出た日、その足で買いに行きました。200Aアバロン。そのショップに
残った最後のシルバーナイトでした。

期待通り、手抜きなしの精巧な作りで、美しいアバロンのハンドルも魅力的でした。しかもポケットの中でも邪魔に
ならないこいつは最高の相棒となり、どこに行くにも一緒でした。使い途は、爪を切ったり、ポテトチップの袋を開け
たり、本当に雑用ばかりでしたが、うまく研げた時は嬉しくて、これでヒゲを剃った事もありました。丁寧に研げば、
そのくらい良い刃が付くナイフでした。しかも、小さいのに非常に頑丈でした。今思えば若気の至りと言うしかない
ですが、手裏剣の様に投げて立木に突き刺したりもしていましたが、ガタひとつ発生しませんでした。

でも、そんな無茶がいつまでも続くわけもなく、ある日、投げたナイフがうまく刺さらず地面に落ち、拾った時は刃先が
折れていました。刃が棒になるまで研ぎ減っていました。親友を傷付けて絶交された時の様な思いでした。取り返し
のつかない事をしたと、心から後悔しました。

あれから、様々なナイフを買いました。買ったナイフを使う目的で、キャンプや釣りを始め、それがきっかけで完全に
釣りキチになるという、予想外の事もありました。キャンプ道具も釣り道具も、自分でメンテナンスしながら大切に
使っています。旧式のガソリンストーブもベイトリールも、今では自分の身体の一部の様に馴染み、愛着もあって
手放せなくなりました。

道具は大切に扱えばちゃんと応えてくれる。シルバーナイトが教えてくれた事です。仲間内では、骨董キャンパー、
骨董アングラー、という事になっている様ですが。

                                         加藤さん 平成20年8月27日



私とナイフ出会い

 私の最初の出会いは、小学校の図工で使った切り出しナイフでした。
当時カッター以外に自分の刃物が持てることがうれしくて近所のおじさんに
研ぎ方を習いに行ったり、家庭の刃物を全部研いで失敗し怒られたり、
自由研究で出刃包丁をグラインダー削りナイフを作って取り上げられたり
とやんちゃな少年でした。

 それから25年、ナイフと縁がない月日が経ち、ひょんなことからハンターの
免許を取得し、猪狩を始めることになりました。自然から恵みを頂く大事さ
を先輩から教えを受け、また、「生半可な包丁では、猪に失礼である」とい
う、包丁やナイフなどの道具の大切さについても指導を受けました。そして
今回G・SAKAIさんのナイフを購入することになり再びナイフは私の相棒に
なりそうです。

                                            米倉さん 平成20年3月7日


 


僕のナイフとの出会いは、お父さんとキャンプに行ったときです。
お父さんはナイフで木を切ってたき火をしたり、パンやトマトを切って
料理したりしました。お母さんは家で留守番をしていましたが、お父さん
に包丁は使わないから持っていかないと言われたそうです。
 
僕はお父さんがナイフを使っているのを見てナイフがほしくなりました。
そしたらお父さんが、てんとう虫というナイフを買ってくれました。僕はうれ
しくて、えんぴつを削ったり段ボールを切ったりして練習しました。

キャンプのときにそのナイフをもってたき木を探していたら、突然ヘビが出
てきて、僕はびっくりして走って逃げました。そのときにナイフを落としてし
まいました。僕はお父さんと探しましたが見つかりませんでした。
お父さんに怒られると思ったら、お父さんはナイフは山では命を守るもの
だから、絶対に手ばなすなと言うことと、ヘビがいたら無視して通り過ぎ
ろと教えてくれました。

僕はお父さんがいつも家でナイフの手入れをしている気持ちが分かった気
がしました。僕はあのナイフが今でもあの山で僕が迎えにくるのをまっている
ような気がして、申しわけない気持ちでいっぱいです。
これが僕のナイフとの出会いです。

                                             斉藤さん(10歳)  平成20年1月30日


私とナイフとの出会いの記憶は、幼少時にまでさかのぼります。
私が幼稚園児だったころでしょうか?
散髪屋を営んでいた父は(理容院、というのではしっくりこない人でし
た)家にあった刃物とという刃物を研いでおかなかければ気が済まない
らしく、母の使う包丁までもがカミソリのごとく研ぎ澄まされていたのです。
「うちの包丁はよく切れる。」と、少し自慢げに言う母をよく憶えています。

で、常々その切れ味を試してみたいと思っていた私は、とうとうそれを
実行したのです。何しろ幼稚園児の考えることです。
何か、物を切ってしまえば怒られる、じゃ、自分の体で試してみよう
と、私は己の右の手の甲に包丁の刃を当てたのです。
3センチほど、右手の甲は切り裂かれました。
痛みはなかった。が、一瞬の間をおいてあふれ出た血に驚いて、思わず
泣いてしまいました。
こっぴどく叱られたのは言うまでもありません。

かくのごとく、刃物に囲まれた少年時代でした。
小学校にあがれば、鉛筆を削るのに肥後の守は必須の道具でしたし、中
高、大学と武道をたしなみ、刃物に対する世間一般のような忌避とは無
縁だったのです。

いまでも、身の回りにはナイフを始め、いろいろな刃物があります。
これからもナイフとは縁が切れないでしょう。

最後に一言。
”自分のナイフもろくに研げない奴は一人前の男ではない。”
                                                濱岡さん  平成19年10月5日

 




私のナイフとの出会いは、小学校2年生、学校の前の文房具屋で買った「ボンナイフ」だった。
「ボンナイフ」とは、両刃カミソリのような薄い刃の折りたたみナイフだ。
「ボンナイフ」は刃が薄いので切れ味がよく、おもに鉛筆を削るときに使ったものだ。

その後、祖父が「肥後の守」を使っているのを目にし、刀のような刃の形が気に入り
自分でも買ってみた。
しかし実際に使ってみると「肥後の守」は折りたたみ式の刃のストッパーがなく、
工作などでは少し扱いにくかった。

そこで新しく買ったのが「切り出し小刀」だ。
「切り出し小刀」は刃が安定していて、工作にはずいぶん重宝した。
竹とんぼの羽をうすくうすく削って飛ばしてみたら、飛び過ぎて2階建ての隣家の屋根を越えて
どこかへ消えてしまった思い出がある。

その頃だったか、「カッターナイフ」が売り出された。
「カッターナイフ」は切れなくなった刃を折り、新しい刃先を使うという画期的なものだったが、
私はナイフとは、祖父の「肥後の守」のように何回も砥いでいつまでも大切に使うものだと
いうイメージがあり、刃を使い捨てにする「カッターナイフ」が好きになれなかった。

ナイフは合理的な道具という面だけでなく、持つ喜びや、切れなくなったら砥いで使っていく
うちに自分になじみ、自分と一緒にいろいろな思い出を刻んでくれるものだと思う。

                                                島村さん  平成19年6月17日



私は昭和43年生まれ、現在38才の2児の父親ですが、同世代のナイフファンの多くの方が
そうであるように、ナイフとの出逢いはズバリ中学時代に公開された「ランボー」でした。劇中の
あらゆる場面で大活躍する「ランボーナイフ」は、私のそれまでのナイフ観、「ナイフは何かを
傷つけるもの、何かを壊すもの」を「何かを造るもの、生み出すもの」へと変化させました。
あのような大型ナイフが果たして実用的か?などということは考えもせず、ただひたすらサバイ
バルナイフに憧れたものです。そしてとうとう最初の1本を手に入れました。レブリカのランボー
ナイフです。
 
夢にまで見たランボーナイフでしたが、特殊部隊隊員でもない私が釣りやキャンプなどの現場で
使うのはやはり不自然で、使い勝手の悪さを痛感するようになり、私はいつしか「本当に使える
ナイフ」を求めるようになりました。そして某アウトドア雑誌に載っていた通販店で「AMERICAN
BLADE」というナイフを購入したのです。細身のフォールディングナイフで、釣りや細かい作業に
うってつけのデザイン。これが実用ナイフとして初めて出逢ったナイフです。非常に鋭利で、ロックも
頑丈、川で釣ったイワナやウグイをその場で処理する私の姿に、友人たちは注目したものです。
 
 やがて高校へ進学した私は、山岳部へ入部し、毎月のようにアウトドアライフを満喫していま
した。その際にも「AMERICAN BLADE」は必携で、焚き木の準備はもちろん、テント設営地の
草刈りや、もの干し用のロープ切り、食材加工、木を削って杖作りと、あらゆる作業に多用しま
した。実はそのナイフは今も現役で、研ぎ減りしているものの各部のガタつきもなく、釣りや
キャンプの必需品となっています。そしてそのナイフが25年前のG・サカイ製の輸出用モデルで
あったことを知ったのはつい最近のことです。
 
 社会人となり、自由なお金を手にした私は、毎年、少しずつ新しいナイフを購入しました。
どれも「ランボーナイフ」での教訓を生かしたセレクトで、ウッドやスタッグハンドルのシンプルな
アウトドアナイフです。
 
現在の私の楽しみは、二人の息子に野球や釣りを教えるのと同じように、ナイフを教えること
です。はじめて本物のナイフを見た息子たちは、一様に「恐い」と言う表情でしたが、私が角材
からスプーンを削り出したのを見て、「ナイフは何かを傷つけるもの、何かを壊すもの」ではなく
「何かを造るもの、生み出すもの」と理解してくれたようです。そんな息子にはてんとう虫を買い
与えました。
 
 時が過ぎ、かつて「ランボーナイフ」に憧れた少年は大人になり、父親になり、数十本のナイフと
共に人生を楽しんでおります。自宅でも時折ナイフを手にしては、やがて訪れるキャンプシーズンへ
の夢を膨らませておりますが、それは少年時代に「ランボーナイフ」に馳せた想いとまったく同じです。
 
 現在「ランボーナイフ」は持っていませんし、今後、購入することもありません。しかし、私にナイフの
魅力を教え、そして「使えるナイフ」へ開眼させてくれたのは、まぎれもなく「ランボーナイフ」ですし、私
にとって「ランボーナイフ」は、永遠に憧れのナイフです。
                                                斉藤さん  平成19年1月26日


 私が初めて手に入れたナイフは、ビクトリノックス社製のスイス・アーミーナイフで、箱に「パイオニア」
という表示のあるものでした。もう30年も前になりますが、大学生のときに「Gun」という雑誌の
通信販売の広告を見て、確か2,500円プラス送料で手に入れたものです。滑り止めのチェックの
刻み目がある赤いアルミ製のハンドルに銀色の十字が映えて、とても素敵でした。 その後、大阪
近郊の山々にハンキングやキャンピングに行ったり、夏山登山で北アルプスに行くときは、必ず
ポケットに入れて持参し、みんなに自慢しては、「お前はナイフ男か。ナイフを使うために山に来とる
のやろ。」といわれ、一生懸命否定したものです。(でも本当はそうだったりして・・・)
 
 ただ、登山仲間に聞くと、「ビクトリノックス・ソルジャー」という名前はよく聞くけれど、「ビクトリノックス
・パイオニア」という名前は知らないというのです。その頃は私も純情な青年だったもののですから、
「ビクトリノックス・ソルジャー」という名前が正しくて、「ビクトリノックス・パイオニア」というのは、きっと
自分の思い違いだったと長い間思い込んでいたのですが、最近になってようやく「ビクトリノックス・
パイオニア」という製品が間違いなく存在するということを知りました。これも、こちらのホームページ
などでナイフに関する知識を深めることができたおかげだと有難く思っています。
 
 ともあれ、この「ビクトリノックス・ソルジャー」は、切れなくなれば研ぎ直して長い間使っていたため、
研ぐたびに大刃がだんだんと小さくなり、とうとう折りたたんだときに刃先がハンドルに収まらなくなって
しまいました。そのためポケットに入れて持ち運ぶには少し危険になったので、現在は自宅の食器棚に
常駐し、普段は果物むきなどに使用しています。しかし、まだまだ引退させるには惜しいので、再度
本来の野外活動に活躍の場を与えるべく、今度、ナイフエッジのシェープアップを行おうと思っていま
す。(そのことを家族にいうと、ナイフエッジのシェープアップよりも前に、自分自身のビール腹のシェープ
アップが先じゃといわれ、傷ついている純情な中年のおじさんです。)

                                      ペンネーム「大阪の林さん」  平成18年12月29日


現在43才の不良中年です。

僕がナイフと出会ったのは、ハナタレ小僧の頃
「肥後之守」との出会いが最初だったように思います。
当時おもちゃは自分で作るのが当たり前でした。竹とんぼ・どんぐり鉄砲
みんな肥後之守で作りました。
時には竹と一緒に手も切って、痛い思いもずいぶん味わいました。


その次に出会ったのは、山を歩くようになった20才前後の頃、
フランスの肥後之守とも言われる「オピネル」との出会いです。
きちんと砥げば、炭素鋼の刃は寒気がするほどの切れ味でした。
使ううちに海水に浸かり錆が出て、岩に当ててしまい先が折れ、それでも何度も
砥ぎ直して今も机の引き出しに大事にしまってあります。


それから、何年かして釣りをはじめた頃に出会ったのが、 ガーバーのハイス鋼
シリーズ(?)トラウト&バード。 スリムなデザイン、手にしっくりと馴染むハンドルに
一目惚れ、衝動買いしてしまいました。
シースが少々安っぽいのが不満ですが、そのうち良い皮が手に入ったら自作しようと
思っています。
現在も釣りのフィールドへ出かける時はバッチリタッチアップして持っていきます。
あとは最近ナイフを自作しています。
気に入ったナイフを腰にキャンプやフライ・フィッシングを楽しんでいます。

えんどう豆さん  平成12年1月1日



私のKNIFEとの出会いはナント!ガソリンスタンドで貰った
ヴィクトリノックスのスタンダ−ドスパルタンでした。
いまではじぶんでナイフを作ってます!

SAさん  平成12年1月29日


ナイフとの出会いは、私が小学校3年生の頃。

友人「ふっちゃん」が近所の駄菓子屋「えびすや」で鋸付きの肥後の守を発見したのがきっかけ。

それまでは鉈や鎌を持ち出して「ふっちゃんちの裏山」で秘密基地をつくっていた私たちは
「これは隊員の証にもなる」(いったい何の?)などと早速購入に走った。
当時300円もしたと思う。 家中の引き出しからかき集めた硬貨を「えびすや」のおばちゃんに
渡すとき、 「まってたぜ、ひでくん。」 キラリとナイフが輝いた。
20数年前の出来事であった。

ひでさん  平成12年1月15日


僕のナイフとの出逢いは・・・思い出してもいつの頃かわからない・・・

でも多分、小学生の時に筆箱?・・ペンケ−スの方がいいかも・・(笑)
この中に入ってた鉛筆削り・・・(^^;四角い小さいやつ・・こんなのナイフじゃない!って
今なら笑ってしまいますが、 子供の頃の僕の家はけっこう貧乏でナイフなんて買ってもら
えなかったので、 その鉛筆削りの刃を本体からはずし真ん中より下の方に、セロハンテ
−プをグルグルまきグリップを作って「ナイフ!」などと騒いでいたのが初めての自作
ナイフ?でした。

皆様のナイフとの出逢いに比べてなんか品素?(笑)

それから、チビッ子コ−ラやスコ−ルの王冠を石で平にしてハサミでナイフの形に切ったり・・・
それが僕の初めてのナイフ?との出逢いでした。
ちゃんと切れるナイフを手にしたのは小学校の高学年のころに買ったボンナイフです・・・(^^; 
なんか、くだらない話でごめんなさい・・・

もっとかっこいい出逢いが欲しかったけど真実は時として残酷ですね・・・(笑)

キイさん 平成12年1月14日 


私とナイフとの最初の出会いは今から30年以上も前。

まだ、ほんの少し自宅から山に入ればどこでもキャンプや、バ−ベキュ−ができたころのことです。
時々、父が友人たちと集まってバ−ベキュ−パ−ティ−をしていたのですが、
そのときにブレ−ドにYAXと刻印のある、いわゆる登山ナイフが薪割りなどに活躍し、
そのころは大きくて、重く、立派な刃物だと思っていたものが今から10数年前に
道具箱の中から出てきました。

それは、錆だらけで刃も所々欠けてしまった刃渡り20cmほどのナイフでした。私は、早速錆を
落とし、欠けた刃をやりました。つけなおしてやりました。
その作業に半日ほどを費やしたでしょうか、ようやくよく切れるではありませんか。

いい刃物は手入れさえしてやれが、いつまでも役に立ってくれるものだなと、そのとき実感したの
を覚えています。 今ではそのナイフも使う機会はほとんどなくなりましたが、
私の部屋のガラスケ−スの中でほかのナイフたちと共に静かに輝いています。

Tomooさん  平成12年1月9日 


私は大型のシ−スナイフが好きです。
 
父が狩猟をしていて、小さい頃から獲物の解体の手伝いをしたり、 山に入った時、父が
大型のナイフや鉈で道を切り開いたりするところを見てきたからでしょう。

父が狩猟を引退してから、永くナイフから遠ざかっていたのですが、 最近、狩猟やキャンプ
をする友人が出来てナイフを使う機会が増えました。

ところが、大型のナイフを数本購入したのですが、なぜかしっくりしません。 皆、切れ味は
良いのですが、ハンドルが手にいまひとつ馴染まないのです。

偶然です。
ガ−バ−の「マ−ク2」が店頭に並んでいたのです。ベトナム戦争でも、本来の目的より
ビッグゲ−ムの解体に汎用されていたことは聞き及んでいたので、早速握らせてもらいました。

初めて触るア−モハイドの冷たさに驚きながら握ってみると、何と私の手にピッタリ合ったのです。
そのグリップ感は、旧友との再会にも似た感動でした。 その場で購入しました。切れ味も充分でした。

でも、マ−ク2でニンジンを刻む姿は傍から見ると滑稽でしょうね。(笑)
身体の一部になるナイフとの出逢い。偶然ですね。


下川さん  平成11年12月9日


ぼくのナイフとの第一次遭遇はちょっと不幸。

映画ランボ−の影響で弟が通販で手に入れた安物の刃渡り15センチ登山ナイフ。

スタッグハンドルもどきプラハンドル分厚反り上がった刃は イメ−ジ的にパワフルで
かっこいいんだけど。これが重くて、それでもナタの代わりには中途半端。
刃も質が悪くて竹トンボが削れない。”ナイフってのは使えない物”だと。第二次遭遇は
関の刃物市のおみやげに買ったスパイダルコのナイフ。

ライナ−無しの樹脂ハンドルで軽いこと、ポケットに入れてて気にならない。
片手で刃の出し入れ出来て、使いたい時タイムラグが無い。

まずカッタ−ナイフの出番が無くなった。
いつもポケットにあるので、歯で噛み切るってのも減っちゃうんだ。
こんなナイフとなら、気持ちよく付き合えそうな予感な第二次遭遇一ヶ月目。

T・寛 さん  平成11年11月21日



僕がナイフにであったのは今から12年ほど前のことで、

当時小学生だった僕に父親がプレゼントしてくれたのが最初でした。
ナイフは全くメ−カ−もわからないような代ものですが、丈夫さだけは大したもので、
今までの人生でかなりこき使われています。
 

あの名もないナイフのおかげで僕は自分がアウトドアを好きになれたと思うし、
ナイフが上手に扱えるようになったと思います。
父親の初めてのプレゼントであったこのナイフをいつまでも宝物にしていきたいと思っています。


 細江さん  平成11年11月24日


約20年程前になりますが、
私が最初にナイフとであったのは銀座の 菊秀 の前を通りかかった時です。

店の前のショーウィンドーに『CASE』のナイフが飾ってあり、それに惹かれ店内に入りました。
手頃なフォールティングナイフを探したところ、ハンドルに白蝶貝を貼ったものがありました。
大変気に入り『CASE』のフォールティングナイフとどちらにするか迷った末、
白蝶貝を貼ったナイフに決め購入しました。

それが国産品であったことが、当時『良い品物は外国製である』
という考え方一辺倒な世の中に反対だった自分に合ったんだと思います。

その時購入したナイフが、ジーサカイ製の『シルバーナイト#250』であった
ということはいうまでもありません。

今も大切に愛用しています。


ガーバー・サカイ 社員 N さん  平成11年10月14日

ナイフとの出逢い NO,7 1 2 3 4 5 6


このページは、皆様の『ナイフとの出逢い』で作ろうと考えています。
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投稿頂いた方の中から、毎月抽選で1名の方にナイフをプレゼントいたします。


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